朝から、なんかそわそわしていた。思うように集中してあまちゃんと遊べないし、ごはん作っているときも違うことを考えている。
というのも今日からまた、冬休みの中休みをはさんで、障害者の施設で音楽のクラスがはじまった。私はノベルトに頼まれ、彼と一緒に障害者に音楽を教えることになっている。

ということはアシスタントみたいなものなんだけど、見たら指導者という欄に名前はすでに載っているし、責任感もあって、昨日から子育て業もままならず楽譜をひっぱりだしてにらめっこ。めったに弾かないアコーディオンまで出してスペインの曲を弾いたり、たて笛をだしてピロピロ吹いたりして、パパに授業の進めかたを聞いたりしていた。新しいメンバーが来るので自己紹介もやるだろうと思い、なんせ全てはドイツ語なので3回くらい頭の中で反芻。

午前中、ノベルトに電話して、電話口で私が練習したスペインの曲など歌ったら「えりかと一緒にできて、僕も嬉しいよー」なんてかわいいことをいう。

全てはオーケーね。−−−と思ったのに、久しぶりの音楽クラス、どうなったのかというと、ノベルトは自分で選曲した曲をやりはじめ、それが上手くいけばまだいいがが、歌詞もメロディーもあやふや。私はその知りもしない曲を初見で伴奏をすることになり、まったくの彼ペースになった。なんなの、さっき電話口で歌った私は・・・・

もっと困ったことに、私の隣に座っていたベッティーナが、泣きながら騒ぎだし、金切り声をあげだした。私の前に座っているモニカはトイレに行きたいのか、つられて大声をだし廊下にふらふらと出ていくし・・・・するとみんなもう落ち着きはなくなってしまった。

全てが思うように行かず、呆然・・・・・。
終わったあとにノベルトに愚痴る。しかも、私の前準備が何の役にもたたずくやしい。又、嘆く。

「来週も来てくれるんでしょ。」と聞くので「ウン。」と一言いうと
「良かった、良かった。」という。

必要とされているのだろうけど、なんだか無力な私と自分ペースで突き進むノベルトとそれだけでなく障害者という難しいメンバーにどっと疲れが出たのであった。

まずは何も考えず、寝よう。


(あまちゃん日記)
しつこく「アイアイ」を歌ってたら「アイアイ」と歌えるように。
寝言も「ボール」と言っている。ボールを愛しているらしい。
ブロッコリーにはまって、かなり食べていた。安いし健康にもいいだろう。
しかし「ばぁばぁ」とはケーキの意味らしく、台所で「ばぁばぁ」と言って探している時あり。残念ながらケーキは本日、ありません。

ちょっとドキドキしながら、久しぶりに子連れでコンサートに行くことになった。なんせ動くのが楽しくてたまらない1才と10ヶ月になるちびくんを連れて行くのだから覚悟がいる。「ぎゃあ、ぎゃあ」言ったらどうしよう。
パパはいつでも余裕。「シュタイナー学校でのファミリーコンサートだから平気。平気。モーツァルトをテーマにしたコンサートなんだよ。もう実はチケット予約したから。」という。

雪の降る中、車でミュンスターのシュタイナー学校に到着。学校に着くと、パパの言うとおりファミリーコンサートなので子供たちがすでにいっぱい。そして子供たちの保護者達もぞろり。雪の中、子供たちはみんな色とりどりの長クツを履いてホールに向かっている。

予約していたチケットを受け取って中に入る。
学校のホールといっても素晴らしい空間。私の小学校の時代の体育館とか公民館とは比べものにならない。舞台のふちには、木の薄むらさき色の彫刻が施され、四角の形をしていない空間設計。照明のつくり方、2階席もある本格的なホールだ。何百とある席は全て満席。ポスターには「チケット売り切れ」と上から張られていた。

そしてコンサートがはじまった。司会者の音大の教授のおじいちゃんのトークがこれまたウマイ。彼が喋ったとたん観客はみんな引き込まれていた。子供にもモーツァルトの知ってもらおうと、スライドを使って伝記をはなしたり、ポストホルンというめずらしい楽器などをソロで紹介。おじいちゃん、とってもユーモアを交えて話すので、会場の笑いがたえない。オーケストラの人達もなんだかとっても楽しそうに音を奏でている。

ドイツの子供にも驚いた。司会者がたとえば「モーツァルトのお父さんはなんて名前か知っているかな?」というと何人も手をあげるし、知っている曲が来ると一緒に歌いだす。
女の子のグループは曲にあわせてダンスを学校でならってたらしく、舞台の上で披露。
そして、鳥の格好をしたオペラ「魔笛」のパパゲーノも舞台に突然、登場して笛を吹きながらオペラを紹介。会場を歌いながら歩きだした。
どこかの赤ちゃんが騒ぐと「あれあれ、もうどこかで音楽がはじまってますね〜」と司会者が言うので観客たちが赤ちゃんに向かって、笑いながら、また拍手喝采。

とにかく、観客とオーケストラと司会者が一体となってアットホームなコンサートを作っていた。

何か、すごいなぁと思う。こういうコンサート観れるドイツの子供は本当に恵まれいる。モーツァルトの音楽だっていつも身近にある。

ちょっと、なんでかわからないけど明るい長調の音楽たちと楽しそうな人々をみながら胸がツーンとして涙ぐんだ今日なのであった。

最近になって、あまちゃんがやっと絵本というものに興味を示しだした。こうは見えても私もパパも本は好きなはずなのに、かんじんの息子は何の反応も見せなかった日々。ウキウキと絵本を買ってくるのはいつも親の私達だけでちょっぴり寂しかった。

でも今日は違った。あまちゃんが今一番、興味を持ってくれる絵本は五味太郎の「きんぎょが にげた」という題の本。「きんぎょがにげた。どこににげた。」からはじまりきんぎょを探す本なんだけど、まだきんぎょの存在には気が付いてない。(いつ気付くのか楽しみ。)いまのところ反応を示すのは、背景に描かれているボール。「ボール。ボール。」と指を指す。そして「いた。いた。」という最後の場面がお気に入りで何度も「いた。いた。」といって笑う。
私はきんぎょだけでなく背景をひとつひとつ「これはね〜お花でしょ。これは鏡。」とか言うんだけど、あるページで「これは電話。」と言いかけた時、気が付いた。
この本に描かれている電話が黒電話のダイヤル式だっていうことが。2004年生まれのあまちゃんが黒電話を知っているはずがない。後ろを見たら、この本が書かれたのは昭和52年だ。
本当にこの30年ほどで、電話っていうものは進歩したな〜と思う。私が小さかったときはたしかに黒電話だった。
しかしこの本の中のそのほかの家具や色使いは30年という歴史、古くささを感じさせない。すごいぞ、五味太郎!

そして五味太郎はいう。「絵本というのは気配なのな。俺が好きなのは。その絵本が持っている気配。」「絵本をつくるとき俺が一番凝るのは背の部分。背が好きなんだよ。次は見返し。テーマはあとから出てくるよ。」

なんだか絵本の気配を探ろうと、今日絵本を色々ひっぱりだして
背表紙みながら気配を探ってみた。新しい絵本の楽しみかた。中身を見ないで気配を探るのみ。

なんだか、私もあまちゃんとともに絵本をかなり楽しんでいる。

きんぎょが にげた
きんぎょが にげた
五味 太郎


Search

Profile

Archive

Link

Other

PR