もうすぐ日本に帰国するわけだけど、2才前の動くことが大好きな息子とまだ日本に来たことのない日本語ゼロな夫と一緒。しかも、ほとんど友達に会えそうもないハードなスケジュール。何をするって日本を知ってもらおうと、家族で旅館に行くんだけど、本日、その夫であるパパに日本の旅館とは何か?と示すためにパンフレットを見せたら「値段が張るわりに、部屋に椅子がないなんて・・・」とわけわからないコメントをもらった。日本に帰った際には彼が色々とカルチャーショックを受けるのをこっそり見てよう。
ドイツ人と話していると「日本にはカプセルのホテルがあるんでしょ?」とか「プールに入る前には消毒液にお尻をつけるんでしょ?」とかひどいのは「虫を食べるんでしょ?」など意外なことを聞かれてちょっとクスッと笑ってしまう。

そうそう。旅行に関して一つ問題が解決。それは誰が私達の猫の世話をするのかっていうこと。ラッキーなことにパパの同僚の17歳の娘さんが「赤ちゃんと猫が大〜好き」ということで面倒を見てくれることになった。この間、その彼女があまちゃんと猫の両方を見にきてくれたのだけれど、おかしいのは、それからあまちゃんが忘れられないらしく、家に帰ってからあまちゃんの事ばっかり家族に話しているらしい。いつかベビーシッターもお願いしちゃおう。しめしめです。

旅行好きのドイツ人はこのように、けっこう気楽に猫や植物や花など留守の間見ていてくれる。ご近所ネットワークだ。

ということで、午後はかわいい愛猫のためにペットショップに行って20キロの砂袋や爪とぎを買った。あとは猫においしい餌も必要と思った私はあきないように色々な種類の缶詰を買おうと思いたち、わざわざ別々スーパーを3件まわった。にゃんこよ、味比べをしてねと思いながらベビーカーと一緒にグルグルまわって自宅に着いたときは少し疲れてしまった。

家に着いて、パパと話込んでしまって、あまちゃんの靴を脱がすのを忘れて、ふと見たら彼の足には一足しか靴がおさまってなかった。床を見ても、靴が見つからなかった。「道でなくしたよー。あの靴って高いし、かわいかったのに」と思ってまたもや3件のスーパーに逆戻り。スーパーと行ってもアメリカから来た
大型スーパーもあって広い広い。いちいち店員さんに「息子の靴がなくなってしまって・・・」なんて聞きまわっても全然見つからなかった。本当にミステリ−だなぁなんて道路も隅々見ても見つからず。本当にへとへとに。

・・・・さっきあきらめた頃、なんとその問題の靴が見つかった。あまちゃんがタンスの下に隠していたよう。なぁんだ、私のミステリーはあっさりと終末を迎えたのであった。



うちのおかめにゃんことパパ。なにをしているって猫が日光浴。こんなうす暗いドイツにたまに光が差してくるのであった。

昨日、そういえばあまちゃんの健診で近くの小児科に行った。待合室に入るといまどきの小児科っていうのはなんと素晴らしいおもちゃがあるなぁー。大人と等身大のサルの人形。木でできた大きな大きなお城のおもちゃなど子どもが大好きそうなものがいっぱいあった。
「あまちゃん、これで楽しく遊べるわよ!」なんて思ったけど、あまちゃんはこのうるさい子供達の中、グーグーと寝てしまって残念だった。名前を呼ばれて診察室に入って裸にするまで寝ていたもんだからすごい眠かったにちがいない。

待合室であまちゃんは寝ているもんだから私はちょっと他の子どもとお母さん達を観察。それにしてもどの家族も親子って似ている。なんか服に皺一つないような上品なママの息子くんはやはりピシッとした装いだが、躾が良すぎるのかとっても消極的だ。まわりを見てオドオドしていた。その隣に元気そうな女の子がそのでっかいサルの人形をズルズルと引っ張っていた。なんせ大人と同じ大きさの人形だ。そのおんなの子のママはすごい太っていたが、おおらかそうだ。ジーンズの上から下着が見えるほど無頓着なママ。しかし、気取りなく楽しそうに子どもと喋っていた。そのおんな子も元気そうで、ママにチューチューしていた。
トルコ人のパパはその娘とまったくおんなじ顔をしていた。眉毛がカモメのようなのだが、むすめもまったく同じ眉毛をしていた。無口なパパで、これまた娘も無口でもくもくと遊んでいる。

なるほど・・・、子どもはまったく親に似てしまうのねーなんて思っていたら能天気に寝ているあまちゃんは他のママ達に笑われていた。きっと、私もあまちゃんにそっくりなんだなと思ったらちょっぴり恥ずかしくなってきたのであった。

その後、私の後ろに置いてあった「エイズのものがたり」の雑誌をパラリと読んでみた。ゲイのカップルの写真ばっかりで、彼らのつくった芸術作品やらエイズとわかった時の心境など、インタビュー方式で書いてあったが、なぜこの雑誌が小児科にあったのだろう?

と前置きが長くなってしまったが、健診の結果は体の発達は何の問題はないし、病気もないがハーフという特別な状況で2カ国語の中で育っているので、言語面が心配と言われた。確かにもうすぐ2才となるのに20から30語しか喋れないあまちゃん。男の子だから遅いという面もあるしなー。

おかしかったのは医者に「すごいメカニックなことに興味を示す子だね。日本人だなぁ〜。パパはコンピュターのプログラマーなのかな?」なんて言われたこと。パパは「シュタイナー学校の先生です」と言ったら、医者もがっくりしていた。

でも、タイに行った時、ある人に私の子はメカニックな仕事に就くと予言されたことを思い出した。素質があるのかもなんて、親ばかでごめんなさい。

もうすぐ日本への帰国。このままあまちゃん、病気もせず元気でいてほしい。飛行機のキャンセルはいまさらできないのだ。

さっき、母から電話。箱根旅行は雨になりそう。ちょっとがっくり。



うしろにちらりと見えるのは、あまちゃんの従兄弟のフローリアン。はじめて彼女ができたのか喜びの日々。横にいるのが彼女。

初めての出産をドイツの病院で、しかもシュタイナーの考えに基づいた医学を実践しているちょっと特別な病院だったわけだが、ここまでの話ではどこが普通の病院と違うのと思われのでは?
特に私の場合は帝王切開になってしまって、現代医学の力にかなりお世話になったのは確か。

が、やっぱり赤ちゃんを産んでやっぱりここの病院は普通ではないと気付いたのであった。まずは手術しようが自然分娩でもすぐに赤ちゃんとママは同室だった。新生児室なんてなかった。すぐに一緒のベットで寝ることになってとっても嬉しかった。が、帝王切開後、お腹が痛くて泣いてもがいていた私には辛かった面もあった。なにしろ動けない。隣りに寝ていた違うママにあまちゃんのオムツなど取り替えてもらった。ナースコールをすると助産婦さんが来てくれて手伝ってくれたが、時間によっては忙しそうだった。お腹が痛くて私も泣いているが赤ちゃんも横で泣いていた。パパはオロオロ。

赤ちゃんは子宮からお腹を出て、急に手足がバタバタとできる環境になったわけだけど、これは外界の刺激が急すぎるということで、体は布でミイラのようにグルグル巻きにされる。手は巻かれなかったけど。そして頭が見えているのもよくないとのことで、生まれてすぐに帽子を被せられたのであった。日本ではどうなのかな?調べてみたら確か他のロシアの国や東欧では昔はそのように赤ちゃんを生まれたら動かないようにグルグルと顔以外は巻いていたよう。寒いからという理由もあるようだけど。

ドイツでも他の病院では違うようだ。他の病院ではすぐにパンパースと持参したベビー服を着せられるみたいだが、私の病院ではオムツから布まで綿や毛のいい素材のものを使われていて、さっき書いたようにあかちゃんはグルグル巻きだ。だから持ってきたベビー服の出番はなかった。

手術のせいもあって母乳がなかなかでなかった私。母乳、母乳と言われていたがでないものはでない。そんな時、病院では粉ミルクは使用されていなかった。水分の補給にFenchelのお茶、日本語だとウイキョウのお茶が赤ちゃんに与えられ、母乳のかわりに少し馬のミルクが与えられた。馬のミルクにはびっくり。馬のミルクって・・・。

後、色んなハーブが入っている母乳が良く出るお茶というのがあって、飲むように心がけていた。
そのほか、ホメオパシーの薬を与えられたことと、赤ちゃんに使うオイルやバスミルク、クリームなどは全部ヴェレーダの商品で
帰りもあかちゃん用のヴェレーダ商品をたくさんもらった。嬉しい。

病院で出るご飯も健康そうなものばかり。ベジタリアン用もあり。しかし祝い善などは残念ながらドイツにない。しかし、病院にケーキがおいしいカフェがあったのでこっそりケーキ食べに行っていた。

なんやかんや言って、10日間ほど病院生活をしていたが、自宅に帰ってからも、ドイツでは助産婦さんが10日間、毎日訪問してあかちゃんの体重を量ったり、お風呂に入れてくれたりといたれりつくせり。母親もドイツにはいなく、赤ちゃんの世話は無知だった私はこれで色々と学んだ。足りない物も次の日に持ってきてくれた。質問もたくさんできたし、おっぱいが出なくて、切れて泣くほど痛く、高熱が出た私は助産婦さんが来てくれたことで、本当に心強くなれたのであった。


そう、まさにエステで言えばフルコースを体験した私。ダラダラと手術もでしてしまったし。同じ頃、出産した友達は同じ病院なのに2時間で出産して、ご飯も食べずにすぐに帰宅したらしい。同じ出産でもこうも違う。

健康保険に加入していれば、お産に関しては最初から最後までいっさい払うものはなかった。しかも産んだとたんに国から半年間、なかなかの大金をもらい、それとは別に子どもが20歳になるまで2万円ほど毎月、銀行口座に振り込まれる。素晴らしい国ではないか。

それにしても、出産の体験って文で書くのは難しいというか、とってもつまらなくなってしまう。自分で経験してみないと嬉しさ、不思議さ、辛さと痛みがわからないけど、人生においてとっても極端なで特別な状況におかれるのは確かで特に女性にとっては貴重な体験だなと思う。

でも、子どもがさらに愛しく感じるのは、私の場合はその後の育児から。最初はこんなけがれのない赤ちゃんをこのボロ家に連れてっていいのかなぁと不安になったり。ちょっとぎこちなかった。でも、一緒に生活してあかちゃんがいることがあたり前な今日、そのあかちゃんと初めて会った日の事やお腹にいた日々の事をよく思い出してウフフとしてしまう。

最初にも書いたように、出産日記書いていたのにベルリンの小僧に盗まれ、町のゴミ箱を覗いたが当然見つからず・・・。
くやしいから、またメモ程度に書いてみた。けっこう覚えていたのには驚いたけど、そのときの感動はやっぱり伝えられなかった。でも再び書いてちょっぴり満足な私なのであった。



産まれたばっかりのあまちゃん。あんまり変わってないや。


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