更新が遅れてしまって、母がドイツまで電話をくれた。わたしはちゃんと生きてますよ。
パパが最近、忙しくって夜中までパソコンの前で唸っていたので、そんな時に「ブログを書きたいの」なんて言えなかったのと、週末は風邪をひいていた。今回の風邪は喉が痛くなり、鼻水少々と頭痛だったのに2日ほどで治ってしまった。ただ寝ていたら治ってしまったなんてすごい!
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ドイツにも週末から春が来た!今日だって外をでたら、なんか暖かくて涙が出そうになった。「生きていてよかった。よかった」とつぶやく。パパは「こうも急に暖かくなると、体の調子が狂うね」と私ほどは嬉しくなさそうだった。
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ドルトムントの図書館にパパとあまちゃんと行った。広いなぁ。15ユーロを払うと一年間は何冊でも借りていい。一ヶ月も借りれる。音楽の楽譜のコーナーもある。かなりの楽譜の量。手をのばしたらジョン・ケージの楽譜が。「つまらない音楽だよ」とパパに言われたが弾いてみたくなり借りた。そのほか、マンガコーナもあるし、おもちゃも借りれる。いっきに10冊以上借りた私達なのであった。
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ドルトムントといえば、ワールドカップのボランティアに今更ながら落ちた。。。あっけなくボランティア物語終了。今回はメールが一通、ボランティアチームから来た。言いたかったことはこうらしい。どうやら私はキープだったらしくて、その後、私よりサッカー知識豊富で、ドイツ語もできて、やる気のある人がでてきたらしい。「子どもがいてあんまりできない」と言ったのがダメだったのか。しかし、そうなると思ってたよ。「残念だな〜」とパパがぼやく。私はちょっとホッとした。もともと私のやる仕事ではなかったのだ。日常においてボランティアが多いのでこれ以上は無理だぁ。しかし、サッカーファンのみなさん、ごめんなさい。ボランティア物語ができなくて。でも日本チーム、応援します。その時がきたら私だって大声はりあげて、叫んで応援するんだから。
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話は変わるが、町の大きなコンサートホールでおこなわれていた、親子フリーマーケットにあまちゃんと行ってみた。これが安い、安い。いいねー。着古していないシャツやら子ども靴など手に入れた。
積み木やぴかぴかのレゴやあやつり人形やら天井から吊るすカモメなど買って、そろそろ「保育園」でもできるんじゃないなんて思う。しかし、あまちゃんが、それらを投げ飛ばすので家は泥棒が入ったかのように荒れるのであった。

             
         
最初に見た「春」。りょうちゃんが「春が来たね。黄色のお花がかわいい」とつぶいた。私は花の上に蜂がいることを見逃さなかったよ。暇なかた、蜂さんを見つけてください。



イチゴが1パックなんと80円ほどだった。安い!さっそく今年、最初のイチゴジャムを作った。1パック半でジャム瓶2つできた。いつも白ワインもいれる。おいしいのです。

ドイツに来てはじめてメガネ屋さんでハードコンタクトを注文した。
4時に予約して、目の検査から始まり自分に合ったレンズ探しや質問などしていたら1時間半もかかった。日本に比べたらその過程は丁寧すぎて驚く。片目ずつ目の写真をとってコンピューターで見てみた。画像いっぱいに私の目玉が・・・・。「綺麗な目ですね。」とほめられたが、まぶたのまわりには小じわが見える。見たくないものを見てしまった。「皺が・・・」とつぶやく。
ところでヨーロッパのハードコンタクトはまだ寝るときも付けっぱなしでいいような便利なコンタクトはないそう。「障害者でないかぎりわざわざ寝るときまで着用しなくてもいいと思う」と言われた。確かにそうだなぁ。しかし、一枚1万4千円は高い。もしくは毎月3千円500円を払えば、全ての保障と目のケアを定期的にしてくれ、一年後は新しいレンズに取り替えてくれるという。こっちシステムのほうがお得かな。

とにかくコンタクト買うにも、こっちで買うのは初めてでちょっとおもしろかった。ドイツ語ができなかったらけっこう辛い買い物だった。「目がゴロゴロする」とか「レンズを入れっぱなしで寝れるのか?」「まばたきするとぼんやりしてしまう」なんて言えてよかった。ちょっと普通ではない目の持ち主の私は特注のレンズを作ってもらうことになった。


ところで、今スイスから長年の友人のりょうちゃんが来ている。考えたら小、中、高校がずっと一緒でドイツに来てからもお互い、近所に住んでいたなんて恐いほどの運命な私達。そういう長年の女友達は大事。なんだかなんでも私達は知り合っている感じがする。彼氏とかは別れたら本当にさようならになってしまうけど、友達は違う。(このことは日本にいる私の親友が言っていた)。本当だね。おばあちゃんになっても、そんな友達と笑っていたい。

ん〜、りょうちゃんと話ていたら、夜中になって次の日になってしまった。早く寝よう。



今日はお昼にビーフシチューをあまちゃんと食べた。こぼしながらもおいしそうに食べていた。大きいスプーンを渡してみたら、これまたちゃんとビーフを乗せていた。こぼすのですぐ小さいスプーンに換えたけど。



パパいわく、あまちゃんはお風呂で泡を食べている。おいしくないよ。

27年前の私がまだ3才だった頃の育児日記ともいえる母と保母さんのやりとりが記述されている連絡帳を久しぶりに開いて読んでみた。懐かしい。といっても私のことが書いてあるのに本人はまったくおぼえてないので不思議な感じがしたが、「えりかがあまりにいつも泣き虫で実家の母(つまり私のおばあちゃん)に甘やかしすぎたと怒られました。」と母によって書かれてあったところは、かわいそうなお母さんと27年後の私が思ってしまった。
3才の頃の私は泣き虫で食が細かったらししいが、27年後の私は涙も出ない大食いの大人になってしまったらしい。今思うことはおかあさん、おばあちゃんやら保母さんにそんなことで怒られる必要がまったくなかったのに・・・。

そしてもう一つ。私も今では子供を持つ母になってから、お母さん同士の付き合いも増えてきた。そこで最近、耳にするのが「あそこのお宅の子供って・・・・」いうちょっとした噂話があちらこちらで。私達も絶対言われているだろうし、これからバンバン言われるなと思う。このような傾向はドイツ人にないってわけでもないが日本人に多い。よくもわるくも日本人は人の事にもよく目が行き届いている。


それにしても私もふくめ、人のことはどうでも言えるが自分の子のしつけって難しいと思う。
考えたら型どうりのこれが正しい育児っていうが一つだとしたらつまらない。いろんなママがいるかぎり、子育ても個性があっていいのではないかと思うし。それに本来、子供も個性があるし、あせらず子どもがみずから育つ力を信じたい。
そもそも、いい子とはどんな子?「親のいう事を聞いて、他人にも礼儀正しく、思いやりがあり勉強もできて友達も多い子。」なのか?

私が6,7才だった頃は私はこんな子だった。「親にはいつも反抗して髪の毛はとかさず、野生の子どもって信じていたので冬も半そでで、雨が降ったら傘は絶対ささず、ずぶぬれで外ばっかりフラフラしていたの最後は変質者に会いまくり」だった。弟なんてランドセルじゃなくて風呂敷て学校に行くってきかないし、下駄で学校に行っていたし・・・。

当時の私を思い出すとよその子の子どものことなど言えなくなってしまう。
こんな子どもだったけど、いまでは私も弟もまとも?に生き
ているので、ちょっとぐらい子ども達が変わってても、躾がなってなくて元気よすぎても、まずは長い目で見守ってほしいと思うのであった。子どもはすぐに成長して驚くような変化をするのだから。といっても、どんな過程でも子どもへの愛情だけは忘れないようにしようっと。



もういい加減、春が来てほしい。この寒さに無敵な赤ジャンバー
を脱げるときがくるのか?


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