今日は2月22日。
ネコの日かな?もしくはニコ君のあだ名は「にーにー」なのでニコ君の日だね。なんてさっき夫と話していました。
だから今日は我が家にいた「ミカ」という猫とニコ君について、書きます。
我が家にはアマデウスが生まれる前から、学校の生徒さんの家族から譲って頂いた猫がいたんです。
小さかったその猫ちゃん。夫と私で「ミカ」と名付けました。なんでミカというかというと、ドイツ語で「小さい猫」を「ミッツェ カッツェ」って言うのです。略して「ミカ」って呼ぶことにしました。
まだ小さい猫に私と夫は夢中になって、一緒に遊んだり、可愛い姿を写真に撮って、アルバムに入れて友達に見せてたりしていました。
ある日、いつもの様に友達に猫の写真を見せていたら「猫を可愛がっている位なら子供を作った方がいい」なんて言われました。
「それもそうだな」と軽く思ったその当時はまさか、その後に自分たちが3人も子供を持つとは考えもしませんでした。
それから、あっという間に10年....。ミカがいるのが当たり前の毎日を過ごしていました。
3人目のニコ君を妊娠している時、ミカの右の耳から毎日のように膿が出てくるようになりました。病院に連れて行くと「外耳炎」って言われて、抗生物質の入った薬をいただきました。
でも、薬をあげてもあげても良くならなくて、いつも一緒に寝ているベットにまでも膿が付いてしまっていました。
臨月の頃、ニコ君が生まれるので膿の出るミカとは一緒に寝れないと思って、違う寝床を作って別々に寝る練習していました。それでも私と寝たがったミカ。今、思うととっても悲しいのだけれどね......。
そしてついにニコ君の出産になりました。あの時は辛かったです。生まれて来た赤ちゃんが「頭蓋内出血」で、すぐさま新生児集中治療室に移されました。
私も3度目の帝王切開の痛みがひどくて入院。同じ病院にいるニコ君の姿を見に行くのに痛み止めと車椅子が欠かせない状態でした。
だから、自宅に一時的に戻るのに1週間もかかってしまいました。
自宅に帰ってたら、久しぶりに見たミカが本当に弱々しい姿でぼ〜っとお出迎えをしてくれました。立っているのが何とかって感じだったのでこれはおかしいと思って、夫に「すぐさまミカを病院に連れてって」って言いました。
その後、夫がミカを病院に連れて行ってくれました。
すでに手の施しようのない「脳腫瘍」があって、もう苦しまないように安楽死をされました。
私はそれを聞いて、本当に病院で泣いてしまったけれど、ニコ君も頭蓋内出血で入院していたので、気持ちを強くして頑張ってました。
ニコ君はその後、頭の中に溜まった血腫を取る手術に成功しました。
不思議な事に、ミカの腫瘍があった場所とニコ君の血腫があった場所が一緒だったんです。
偶然と言えば偶然だけど、どこかでミカがニコ君の命を助けてくれたような気もします。
私はいつも思います。ミカは本当に私が3人の子供達を出来るのを最初から最後まで、見守ってくれたんだって感じます。
ミカが一番最初のお姉さんって言われていたもんね。
この記事は辛くて、今まで書けなかったよ.....。
ありがとう、ミカちゃん。またいつか、会う日まで。
ニコ君は今日も元気です。「ニコ」が「ネコ」って聞こえるのかな?いつも「にゃん〜にゃん〜」と猫の真似をしてくれます。
ネコの日かな?もしくはニコ君のあだ名は「にーにー」なのでニコ君の日だね。なんてさっき夫と話していました。
だから今日は我が家にいた「ミカ」という猫とニコ君について、書きます。
我が家にはアマデウスが生まれる前から、学校の生徒さんの家族から譲って頂いた猫がいたんです。
小さかったその猫ちゃん。夫と私で「ミカ」と名付けました。なんでミカというかというと、ドイツ語で「小さい猫」を「ミッツェ カッツェ」って言うのです。略して「ミカ」って呼ぶことにしました。
まだ小さい猫に私と夫は夢中になって、一緒に遊んだり、可愛い姿を写真に撮って、アルバムに入れて友達に見せてたりしていました。
ある日、いつもの様に友達に猫の写真を見せていたら「猫を可愛がっている位なら子供を作った方がいい」なんて言われました。
「それもそうだな」と軽く思ったその当時はまさか、その後に自分たちが3人も子供を持つとは考えもしませんでした。
それから、あっという間に10年....。ミカがいるのが当たり前の毎日を過ごしていました。
3人目のニコ君を妊娠している時、ミカの右の耳から毎日のように膿が出てくるようになりました。病院に連れて行くと「外耳炎」って言われて、抗生物質の入った薬をいただきました。
でも、薬をあげてもあげても良くならなくて、いつも一緒に寝ているベットにまでも膿が付いてしまっていました。
臨月の頃、ニコ君が生まれるので膿の出るミカとは一緒に寝れないと思って、違う寝床を作って別々に寝る練習していました。それでも私と寝たがったミカ。今、思うととっても悲しいのだけれどね......。
そしてついにニコ君の出産になりました。あの時は辛かったです。生まれて来た赤ちゃんが「頭蓋内出血」で、すぐさま新生児集中治療室に移されました。
私も3度目の帝王切開の痛みがひどくて入院。同じ病院にいるニコ君の姿を見に行くのに痛み止めと車椅子が欠かせない状態でした。
だから、自宅に一時的に戻るのに1週間もかかってしまいました。
自宅に帰ってたら、久しぶりに見たミカが本当に弱々しい姿でぼ〜っとお出迎えをしてくれました。立っているのが何とかって感じだったのでこれはおかしいと思って、夫に「すぐさまミカを病院に連れてって」って言いました。
その後、夫がミカを病院に連れて行ってくれました。
すでに手の施しようのない「脳腫瘍」があって、もう苦しまないように安楽死をされました。
私はそれを聞いて、本当に病院で泣いてしまったけれど、ニコ君も頭蓋内出血で入院していたので、気持ちを強くして頑張ってました。
ニコ君はその後、頭の中に溜まった血腫を取る手術に成功しました。
不思議な事に、ミカの腫瘍があった場所とニコ君の血腫があった場所が一緒だったんです。
偶然と言えば偶然だけど、どこかでミカがニコ君の命を助けてくれたような気もします。
私はいつも思います。ミカは本当に私が3人の子供達を出来るのを最初から最後まで、見守ってくれたんだって感じます。
ミカが一番最初のお姉さんって言われていたもんね。
この記事は辛くて、今まで書けなかったよ.....。
ありがとう、ミカちゃん。またいつか、会う日まで。
ニコ君は今日も元気です。「ニコ」が「ネコ」って聞こえるのかな?いつも「にゃん〜にゃん〜」と猫の真似をしてくれます。
- 2016.02.22 Monday |
- みかのこと |
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