私が最近、ピアノ伴奏をすることになった障がいを持った子どもたちのシュタイナー学校でも、秋のバザーがありました。

そもそも毎年、私はこの学校のバザーに通っていたので、もとからオイリュトミーの先生とお話していたり、学校の雰囲気もわかっていました。だから、最初からお互いに、知り合いのような気持ちだったので、スムーズに仕事もその場で決まったような気がします。はじめて仕事の件で学校に行って先生に会った時、「ああ、私達って前に会ってお話した事ありますよね」だったんです。出会いっていつも不思議です。。。。


毎年、何でバザーに来ていたかというと、学校の庭の植物で作ったジャムや学校で養蜂しているので、そのハチミツやハーブティーを買いたかったからです。
笑っちゃうほど本当の野生の味がするんです。なんのハーブか、ちゃんと書いていないし、毎年、味が違うのがまたおもしろいです。学校のお楽しみオリジナルハーブティー! 

ジャムも4瓶も買いました。タンポポとオレンジのジャムや、今までたべたことのないベリー(ヨスタベリーって言います)のジャムなど……。

あと、自家製の搾りたてリンゴジュースが美味しすぎます。


お友達もわざわざ来てくれました。
学校に大きな機織り機があって、授業もあるそうです。私も参加したいくらいです。


こんな素敵な布になります。



色んな布やカーペットも出来ます。


僕、これ知っているよ〜だって。毛糸も作っています。お友達は、買っていました。何が出来上がるか楽しみ……。


染色もするそうです。自然に染めた毛糸で編んだ作品がチラリと置いてあります。
とても、優しい色です。

左上は、布に蜜蝋とホホバオイルを染み込ませた自然のサランラップ。オーストラリアに住むある夫妻から始まったこのサランラップ、ドイツにも広まって今、学校でも作っているそうです。


松ぼっくりのリースも可愛い!

ドングリの帽子にフェルトを入れて、カラフルドングリの出来上がり!リースに飾っても素敵です。


木工の授業もあるそうです。生徒達の作品が売られています。


クルミの舟にキャンドルを乗せて、ストローに息を吹きかけて動かします。


蜜蝋のロウソクも作りました。

人形劇があったり、木のネックレス作ったり、石に色を塗ったり、子どもたちが1番、楽しんでいました。石に色を塗っては、これは海の色だよ、火の色だよっていちいち報告してくれます。
子どもたちの想像力と感性が素晴らしいです

子どもたちとこれからも楽しいこと、いっぱいしたいなぁって思いました。

秋休みが終わった11月は、学校の行事が次々とクリスマスまで続きます。
11月というと、晩秋の雰囲気と一日の多くの時間が実際に、日が当たらず暗いので、ちょっぴり鬱になりそうな季節ですが、行事が多い事でいつの間にか、そういう事を忘れてしまうので、何だかうまいこと出来ているなぁと思ってしまいます。


先ずは、聖マルティンのお祭りです。
聖マルティンは、もとはローマの騎士でした。ある雪の降る日に、着るものがない寒そうな物乞いに自分のマントを半分に、切って
肩にかけました。その夜に、マルティンの夢に洗礼も受けていなかったのに、キリストが現われ、あの物乞いは自分だったことを伝えます。その後、マルティンはキリスト教の洗礼を受け、人々に善行を続けました。


ニコの幼稚園でも、夕方にみんなで集まって
真っ暗になったら、ランタンにロウソクを灯して(もしくは電灯)、聖マルティンの歌を歌いながら、ランタンを持って暗闇を歩きます。

実は、聖マルティンを讃える行事ですが、自分自身の心をふと振り返る行事です。
暗闇の中でも、光をみんなで分け与えて、灯していく……。寒い時期に、子どもたちと一緒に歌って、歩いてあたたかい気持ちになります。


幼稚園では、温かいジュースと人形パンがもらえます。お人形というより、宇宙人のようですが……。
町のパン屋さんでも、この時期はお人形パンが沢山、並んでいます。

次の日はアレキサンドラと一緒に、ミュンヘンの町をお散歩しました。

ドイツ人でも憧れるミュンヘンの町に生まれ育ったアレキサンドラですが、みんなが行くような、ミュンヘンの観光スポットには普段、あんまり行かないそうです。地元の人って実はそんな感じかな……。東京で育った私も確かにそうでした。

そんなアレキサンドラが私達のために町の中心まで来てくれました。くっついて行ったけれど、さすが、ミュンヘン!

この辺りは昔、バイエルン一帯を支配していたヴィッテルスバッハ家のお膝元だったので、バロックやロココ調の建物や芸術品などのお宝がいっぱい、町にゴロゴロと転がっています。


ニンフェンブルク城の庭園です。本当に広くて、湖には白鳥もいました。
お天気の日など、アレキサンドラはここでお散歩をするそうです。秋は秋で、木々が美しいそうなのですが、とにかくこの日は寒かったです。
お城の中も素晴らしいそうですが、子どもたちが興味がないそうで入りませんでした。

移動して、ミュンヘンの目抜き通りにやって来ました。これは、聖ミヒャエル教会と言うそうです。地下の納骨堂には、ルートヴィッヒ2世が眠っているそうです。


これは、すごいです。マリエン広場の新市庁舎!



通りかかったら、みんなが固唾を飲んで上を見ていました。


みんなが見ていたのは、このドイツ最大の仕掛け時計。
ラッキーな事に、日に数回しか動かないのに、ちょうど仕掛け時計が動く1分前でした。


仕掛け時計は2段に分かれていて、上は450年前のヴェルヘルム5世の結婚式の様子。結婚式では、決死の騎馬戦が行われたようです。オーストリアの騎士が剣で刺されるという衝撃的な内容。

下の段は、昔ペストが流行ってそれが終焉した時を、樽屋さんが踊っている様子。

この写真は樽屋さんがクルクルと踊る様子です。なんで、樽屋が踊るのか……。おもしろいです。


ミュンヘンで一番、有名なビアホール。ホーフブロイハウスです。

なんとヴェルヘルム5世の頃、1589年に建てられた、その当時のままです。
天井の絵が素敵です。ここでは昼間からジョッキでビールの飲むのは普通です。あと、白いソーセージが有名。



私が若かった20代の頃、ドイツに来てはじめての年。色んな所を見たいと思って1人で、ミュンヘンを旅行したことがあります。

その時、泊まったのが女性だけのユースホステルでした。そこで、同室だった底抜けに明るいオーストラリアの女性とお友達になりました。

そして、私達は2人で夜に、このお店にやって来たのです。英語もドイツ語もままならないのにどうやってコミュニケーションしたのかわからないけれど、ゲラゲラと2人で笑って楽しかったです。
今でもオーストラリアで、彼女はワハハと変わらず笑っているんだろうな。そんな懐かしい旅のひと時を思い出しました。


アレキサンドラとのお散歩も終わって、お別れの時間。さびしいけれど、会おうと思えば、また何時でも会えると思いました。アレキサンドラとの時間、とても嬉しくて楽しい時間でした。

旅行の最後に、お友達のアレキサンドラに会いに久しぶりに南ドイツのミュンヘンまで行きました。

アレキサンドラは、今、息子と2人でミュンヘンの郊外に住んでいて、普段はシュタイナーの考えで作られた障がいを持った方達のホームで働いています。

そのホームは作業所にも行けない方達のための小さなホームだそうで、一緒に暮らしながら、フェルトを作ったりオイリュトミーや音楽もやっているそうです。

アレキサンドラとは、彼女がオイリュトミーを学んでいる時に知り合ったのだけれど、この旅行に行く前に、なぜだか私達の本棚からアレキサンドラの卒論が出てきたんです。その卒論が、障がいを持っている子のためのオイリュトミーについてだったので、「うわ〜、今さらだけど読みたい」って思っていたら、卒論のことに関係なく久しぶりに会う事になりました。


久しぶりのアレキサンドラは何年も会っていないのに、前と変わりのない優しくて、やわらかい笑顔でした。コーヒーとか手作りナッツケーキなど準備してくれて感激です。私もあのイタリアのオリーブ屋さんで買ったオリーブの木のボードや美味しそうな物を持って行ったら、思った以上に喜んでくれて、その姿がまた可愛いです。

そして、アレキサンドラのセンスや、彼女の持つ雰囲気が大好きだなぁと思いました。

アレキサンドラは絵も上手だけれど、音楽もすごいです。ライアーも弾いてくれました。
アコーディオンはもっと弾けて、ライブもよくやっています。「弾いて〜」と言ったら色々と演奏してくれました。



タンゴとか、ユダヤの曲とかオリエンタルチックな曲、即興演奏が上手で、毎日、三十分ほど練習したらいつの間にか上手になったそうです。

そして、夜は私にお布団をかしてくれたのだけれど、本当の日本の布団でした。

ミュンヘンに住む日本人の方が本帰国する時、頂いたとのことでした。
聞いたらその方は70代でドイツに来て、オイリュトミーを学んで、90歳になって日本に帰ったそうなのです。「とっても可愛いおばあちゃんなのよ」とのこと。

その話が本当だとしたら……。そんな高齢になってからたくましく外国に来て、学ぶ可愛いおばあちゃんもいるのですね。

そのお布団のおかげで、私もゆっくり寝れました。

本当に、ドイツからイタリアに車でやって来ました。まるまるスイスも越えて、走行時間は13時間ほどかかりました。

今は、イタリアの北西部にリグリア海という海があるのですが、そこから近くの山の上の家にいます。村全体にたった400人の方しか住んでいないそうなので、イタリアの片隅のような所です。

イタリアはこの時期、休暇の時期では無いようで、1週間も家族で滞在出来て、200ユーロという安さです。
だから、どんな所だろうって思っていたのだけれど、山の上の家は5人が十分に住めるスペースがあって、テラスもあるし、家の中は綺麗で、ホカホカのお布団もあります。

ネットを使って、申し込んだので知らなかったけれど、家の持ち主のご夫婦は、ドイツ語も英語も一切、喋れずイタリア語のみでした。

それでも、コミュニケーションは身ぶり手ぶりで何とかなります。
よく気がつくお母さんだけあって、家には、何でも揃っていて快適です。私のことを「セニョーラ、セニョーラ〜」と言いながら、家のスイッチやガスコンロの使い方など、細かい事を教えてくれます。

おじさんも近くの安いレストランや、小さなスーパー、お庭のこと教えてくれました。

そして、到着した時に、葡萄と柿を沢山、いただきました。葡萄がジューシーで、日本の巨峰と同じ味がして美味しいです。

今、朝起きてコーヒーマシーンでコーヒーを淹れているけれど、ゆっくりで、30分ぐらい経ってもまだボコボコと音を立てています。


なんとなく立ち寄った町。Ovadaという町。


ひと昔の車が、レースをやっていました。
四角い藁の固まりが、敷かれていてそこを
グルグルと走るのです。


やっぱりイタリアは「FIAT」がいっぱい。
そういえば、パトカーもFIATでした。


日曜日のお昼だからか、町中のお店は全部、閉まっていました。
でもドイツと違って、スーパーマーケットは開いているみたいです。


カトリックの教会やマリア様の絵、フランチェスコの像などが至る所にありました。


ドイツやスイスに比べて、少しさびれたような町が、またいい雰囲気を出しています。

あっ、やっとコーヒーが出来ました。今日はどんな1日になるのかな?
不定期にブログも書いていきたいと思っています。

追記)正しくは、リグリア海というそうです。コロンブスが生まれたジェノヴァという町が有名です。



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